事業承継とは?
「事業承継」と「事業継承」の違いについて
「事業承継(じぎょうしょうけい)」とは、企業の経営を後継者に引き継ぐプロセスを指し、経営権や株式、資産、従業員との関係、取引先との信用など、事業に関わるすべてを包括的に引き継ぐことを意味します。この言葉は法律や行政文書、専門家の実務において正式な用語として使用されており、中小企業庁などの公的機関も一貫して「事業承継」を用いています。一方で、「事業継承(じぎょうけいしょう)」という表現も見かけますが、これは一般的には誤用または慣用的な表現にすぎません。日本語としては「承継」が“承けて継ぐ”、つまり相手の意思や仕組みを尊重して引き継ぐことを意味するのに対し、「継承」は伝統や地位を引き継ぐ際に使われることが多く、ビジネスや法務の現場では適切ではありません。したがって、企業経営の引き継ぎを語る際には「事業承継」が正確な用語です。
事業承継の種類について
事業承継にはいくつかの方法があり、後継者の選定や会社の状況に応じて最適な手段を選ぶことが重要です。ここでは、代表的な3つの承継方法「親族内承継」「社内承継(従業員承継)」「M&Aによる承継」について、それぞれの特徴やメリット・注意点を解説します。
親族内事業承継
<特徴>
親族内事業承継とは、経営者の子どもや親族に事業を引き継ぐ方法です。
<メリット>
日本の中小企業では長らく主流とされてきた承継形態であり、会社の理念や文化を維持しやすいという利点があります。また、経営者と後継者の信頼関係が築きやすく、従業員や取引先の安心感にもつながります。
<注意点>
一方で、後継者となる親族に経営能力や意欲が備わっていない場合、会社の将来に不安が残る可能性があります。さらに、親族間での財産分与や株式の分散により、相続トラブルが発生することもあるため、専門家の助言を受けながら早めに準備を進めることが大切です。
社内事業承継(従業員承継)
<特徴>
社内事業承継は、親族以外の幹部社員や長年勤務してきた従業員に経営を引き継ぐ方法です。
<メリット>
社内で業務経験を積んできた人材を後継者とするため、会社の実情や業務内容を深く理解しているという点で即戦力となります。社内の信頼関係やチーム体制が維持されやすく、スムーズな承継が可能です。
<注意点>
ただし、承継者に経営資源(株式や資金)が不足しているケースが多く、資金調達や持株の譲渡に課題が生じることがあります。金融機関からの支援や、第三者を交えた計画的なスキーム設計が重要です。
M&Aによる事業承継
<特徴>
M&A(Mergers and Acquisitions:企業の合併・買収)による事業承継は、親族や社内に適切な後継者がいない場合に、第三者へ会社を譲渡する方法です。
<メリット>
近年は中小企業においてもこの手法が広まりつつあり、成長意欲のある企業への売却により、事業の継続と発展が図れる点が大きなメリットです。
また、経営者はM&Aによって創業利益を得ることができるため、個人のリタイアメントプランとしても注目されています。
<注意点>
一方で、買い手企業とのマッチングや交渉、デューデリジェンス(企業調査)など複雑な手続きが必要となるため、専門家のサポートが不可欠です。
M&Aによる事業承継の実際の流れについては、弁護士法人朝日中央綜合法律事務所が実務経験に基づき執筆したこちらの記事でも詳細に解説しています。
会社売却の流れ
事業承継の注意点
事業承継は会社の未来を左右する重要な経営課題ですが、適切に進めなければ様々な問題が生じる可能性があります。ここでは、実際の承継時に多くの中小企業で直面しやすい3つの課題についてご説明します。
買い手が見つからない
M&Aによる事業承継を検討する際、多くの経営者が直面するのが「買い手が見つからない」という課題です。事業承継は、高額な税負担や法的手続き、財務・労務の整理など、大きな手間とコストが伴う複雑なプロセスであるため、ノウハウなしに自力で買い手を探すのは非常に難しいのが現実です。
さらに、仮に買い手候補が見つかったとしても、その人物や企業に経営を任せるだけの信用や実力があるかを見極めるのも容易ではありません。将来的に従業員や取引先との信頼関係が維持されるかどうか、企業理念が引き継がれるかといった点は、単なる条件交渉では判断しきれない重要な要素です。
このようなリスクを軽減するためには、M&A仲介業者や弁護士・税理士などの専門家のサポートを受けながら、客観的な評価と適切なマッチングを行うことが不可欠です。早期の準備と専門的な支援が、望ましい事業承継の第一歩となります。
高額な税負担が発生する
事業承継においては、税金の負担が大きな障壁となることがあります。特に親族内事業承継の場合、経営権を引き継ぐ際に発生する相続税が非常に高額になるケースが多く見受けられます。非上場株式の評価額が高い場合、相続税だけで数千万円単位になることも珍しくありません。
さらに、事業用資産を生前に譲渡する場合には贈与税が、株式や不動産を譲渡した際には所得税(譲渡所得税)が発生することもあります。これらの税負担は、承継者が個人として支払うことになるため、資金面での準備ができていないと承継自体が困難になる可能性があります。
このようなリスクを回避するには、事業承継税制などの特例措置を適切に活用することが重要です。ただし、制度の適用には複雑な条件や手続きがあり、計画的かつ早期に対応を始めることが不可欠です。税理士や専門家と連携して、最も負担の少ない承継スキームを設計することが成功のカギとなります。
遺産分割協議の問題が発生することも
親族内で事業承継を行う場合、後継者に会社の株式や事業用資産を集中して承継させる必要があります。しかし、その際には他の相続人との間で遺産分割協議が必要となり、思わぬトラブルに発展するケースも少なくありません。
たとえば、「長男が会社を継いだからといって、他の兄弟姉妹に一切の資産が渡らないのは不公平だ」といった感情的な対立が生じやすく、相続人間での合意形成が難航することがあります。会社経営に無関係な相続人が株式を保有してしまうと、将来的に経営の安定性が損なわれる恐れもあります。
こうした問題は、外部の専門家を介さずに円満に解決するのは極めて困難です。遺言書の作成や、事前の生前贈与、民事信託の活用など、法的・税務的観点を踏まえた綿密な対策が求められます。弁護士や税理士、司法書士などの専門家と連携しながら、早い段階で家族間の合意形成を図ることが、円滑な事業承継への第一歩です。
実際の相続人間での遺産分割協議については、弁護士法人朝日中央綜合法律事務所が実務経験に基づき執筆したこちらの記事でも詳細に解説しています。
相続により承継した資産管理会社を第三者に売却した事案
事業承継の対象となる3つの要素
事業承継は単に「代表者の交代」を意味するものではありません。実際には、企業の経営に関わるさまざまな要素を包括的に引き継ぐ必要があり、それらを正しく把握して承継計画に組み込むことが重要です。ここでは、事業承継の対象となる代表的な3つの要素「経営権」「有形資産」「無形資産」について解説します。
経営権
経営権とは、会社の意思決定や運営を行うための権限を意味します。具体的には、代表取締役としての地位や、株主総会での議決権などが含まれます。とりわけ中小企業においては、経営者が多くの株式を保有し、実質的な支配権を持っているケースが一般的です。
そのため、事業承継では株式の譲渡が重要なポイントとなります。後継者に過半数以上の株式を集中させなければ、意思決定が滞る可能性があるため、株式の保有状況を整理し、誰にどのように譲渡するかを慎重に検討する必要があります。
有形資産
有形資産とは、目に見える物理的な資産を指します。代表的なものとしては、土地・建物・機械設備・車両・在庫商品・現金・預金などが挙げられます。これらは企業活動を継続するために不可欠なリソースであり、正確な評価と名義変更などの手続きが必要です。
特に不動産については、法人名義か個人名義かによって承継方法や税務上の扱いが異なるため注意が必要です。また、銀行口座や契約書類の名義変更、リース契約の引継ぎなど、実務的な手続きも多岐にわたるため、計画的な移行準備が求められます。
無形資産
無形資産とは、形はないものの企業価値に大きく影響する重要な資産です。たとえば、取引先との信頼関係、顧客情報、従業員のノウハウ、ブランド、商標、特許、社内文化、経営哲学などがこれに該当します。
これらの無形資産は、書類や登記によって簡単に移転できるものではなく、時間をかけて後継者に引き継いでいく必要があります。たとえば、長年培った取引先との関係を維持するには、後継者の紹介や同席による挨拶、信頼構築のプロセスが不可欠です。また、従業員の信頼を得て社内文化を維持するためにも、段階的かつ丁寧な承継が求められます。
事業承継で発生する税金について
事業承継を行う際には、さまざまな税金が発生します。税負担が想定以上に重くなってしまうと、承継自体が頓挫することもあるため、事前にどのような税がどのような場面で発生するのかを理解しておくことが極めて重要です。ここでは、事業承継において特に注意すべき「所得税」「住民税」「相続税」の3つの税金について解説します。
所得税
所得税は、資産を譲渡した際に得た利益(譲渡所得)に課される税金です。たとえば、後継者に自社株式や不動産を有償で譲渡した場合、譲渡した側に譲渡益が生じれば、それに対して所得税が課税されます。
また、事業用資産を個人から法人に移す場合にも、時価での譲渡とみなされることがあり、実際に現金を受け取っていなくても所得税の課税対象となるケースがあります。これにより想定外の税負担が発生することがあるため、税理士のアドバイスを受けながら慎重に計画を立てる必要があります。
住民税
住民税は、所得に基づいて課税される地方税であり、所得税と同様に資産の譲渡により所得が発生した場合に課されます。たとえば、自社株式や事業用不動産を譲渡して所得が発生すれば、その翌年度に住民税も課税されることになります。
住民税は、都道府県民税と市町村民税の合計で構成されており、所得税よりも時間差で納税義務が生じる点にも注意が必要です。事業承継のタイミングによっては、次年度に予想以上の住民税負担が発生することもあるため、資金繰りの計画も含めて検討すべき項目のひとつです。
相続税
親族内承継で特に問題になりやすいのが相続税です。被相続人が死亡し、その財産を相続によって取得する場合、取得した財産に対して相続税が課されます。非上場株式の評価額が高額である場合、後継者が相続税を一括で支払えず、事業の継続が困難になるケースも少なくありません。
このような事態を防ぐためには、事業承継税制の活用が非常に有効です。一定の要件を満たすことで、株式の相続にかかる相続税の納税猶予や免除を受けることができます。ただし、この制度の利用には細かい条件があるため、制度を正確に理解した上で、専門家と連携しながら進めることが求められます。
まとめ
事業承継は、単なる代表者の交代ではなく、「経営権」「有形資産」「無形資産」など多岐にわたる要素を適切に引き継ぐ重要なプロセスです。親族間や社内承継、M&Aといった承継方法ごとに異なる課題があり、税負担や遺産分割の問題も生じます。円滑な承継を実現するには、早期の準備と専門家の支援が不可欠です。本記事を参考に、将来を見据えた計画的な事業承継を進めていきましょう。
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