売主が会社を売却する場合、概ね以下のような流れになります。
会社を有利に売却するには、その流れ(手続)のステップにおいて以下に述べる事項を実践していきます。
①企業価値の把握
会社を売却しようとする場合、売主において、売却しようとする会社の価値を正しく把握します。
企業価値(株式の価値)の把握の方法としては、DCF法や純資産法、類似会社比準法など複数の算定方法がありますが、どのような方式で算定するのが適切であるかは、売却しようとする会社の規模、種類、資産内容などによって異なってきます。
②買主候補の情報収集、選定
会社の企業価値やその会社に関する情報を正しく把握できれば、直ちに買主候補を探していくことなります。
会社の買主候補としては、事業会社、投資ファンド、商社系の会社などがありますので、売却しようとする会社の事業規模や業種によって、適切な買主候補を選び、購入を打診していきます。
初めて会社を売却しようとする個人の方は、多くの場合、こうした買主候補の情報を有していないため、適切な買主候補の探索を依頼するのが現実的です。
買主候補の選定の方法は、大別して、相対方式と入札方式があり、それぞれの方式にメリット、デメリットがありますので、個別具体的な事情に合わせて方式を選択します。
買主候補との会社売却交渉は、いったん特定の買主候補(達)との間で一度始まると、多くの場合、一定期間その交渉に拘束されることになりますので、交渉の開始にあたって、その買主候補が最終契約に至る可能性が十分にある者であるかどうか(買主候補の提案している金額や契約条件などによってある程度把握することができます。)を、初期段階において検討します。
③秘密保持契約書の締結
特定の買主候補が見つかった場合は、その買主候補とより具体的に交渉を進めていくことになります。
会社売却に関して交渉を進めるには、まず売主側からその買主候補に会社に関する情報を開示する必要があります。
とはいえ、会社に関する様々な情報を無限定に開示してしまっては、会社の業務に重大な支障が生じるおそれや、会社売却交渉そのものに悪影響が生じる可能性があります。
そこで、交渉を具体的に行う買主候補を慎重に見極めた上で、特定の買主候補と、具体的に交渉を進めることとした場合は、情報開示に先立ち、「秘密保持契約書」を締結するのが妥当です。
④スキームの検討
売主が買主候補に対して情報開示を行い、買主が会社の買収を具体的に進めていく過程で、多くの場合、買主は会社の買収を行う場合の具体的なスキームの検討を行います。買主候補が検討するスキームとしては、①株式譲渡、②事業譲渡、③会社分割など様々なものがあります。
こうした会社売却(買収)のスキームについては、主として買主が買主にとって合理的なスキーム(もちろん双方にとって合理的なスキームであることも多くあります。)を検討し、そのスキームを売主に対して提案するという形をとることが一般的です。
売主としては、買主候補が提案してきたスキームを、むやみにそのまま受け入れるのではなく、そのスキームの妥当性をしっかりと検証し、売主の利益が不当に損なわれることのないよう、慎重に対応する必要があります。
会社売却(買収)の各スキームには、法律面、税務面において様々なメリットやデメリットがありますので、買主が提案してきたスキームの妥当性を検討するには、法律面、税務面などの専門知識が必要です。
⑤基本合意書の締結
買主候補が会社の買収について前向きに検討している場合、実務上、買主候補は、対象会社の情報をより詳細に把握する目的で、対象会社についてのデューデリジェンスを実施します。
実際には、デューデリジェンスを実施する前に、その時点の売主と買主候補の間の共通認識や了解事項を確認することを主たる目的として、「基本合意書」を締結することが一般的です。
基本合意書は、デューデリジェンスを実施する前に締結されるものであり、契約条件など法的拘束力を持たせない条項も一部存在するなど暫定的な側面を有するものではありますが、デューデリジェンス実施後の当事者間の交渉や最終契約の内容に大きく影響してくるものであることには変わりありません。
そのため、売主としては、基本合意書の締結にあたっても、合意書の記載事項の中に、売主にとって不利な内容のものが含まれていないかを慎重に検討する必要があります。
⑥買主の行うデューデリジェンスに対する対応
買主による買収の検討が進むと、買主は、対象会社についてデューデリジェンス(以下「DD」といいます。)を実施します。
DDは、買主が委託した専門家によって実施されますが、主なものとしては、①対象会社の財務状況を正確に把握するために行う公認会計士等による財務DD、②対象会社の有する様々な法的なリスクを把握するために行う弁護士による法務DD、③対象会社の過去の税務申告に問題がないかや対象会社の買収による課税関係などを確認するために行う公認会計士や税理士が実施する税務DDなどがあります。また、対象会社の種類や資産内容によっては、④不動産の専門家(不動産鑑定士、建築士、土地家屋調査士など)による不動産DD、⑤知的財産権の専門家(弁理士など)による知財DDなど、特定分野の専門家によるDDが実施されることもあります。
売主としては、買主の実施するこうした様々なDDに、対象会社と共同して対応していく必要があります。
買主側(買主や買主が委託した専門家)からは、売主側に対し、DD実施のために必要な情報の提供や、詳しく事情を知る立場にある対象会社の従業員に対するヒアリングの要請がなされることが多いので、売主としては、買主によるDDにスムーズに対応できるよう、対象会社において重要な情報を把握している人物の協力を得られるよう、事前に根回しをするなど、会社の重要な情報にアクセスできる環境を予め整えておくことが重要です。
買主はDDを着実に実施し、対象会社の企業価値や対象会社の有するリスクを把握しない限り、大抵は、会社の買収を決断しませんので、売主としては、会社と共同して買主側によるDDの実施には積極的に協力すべきです。その一方で、会社は通常の事業活動を行いながらDDの対応をすることになりますので、それ自体多大な負担となり得ます。
そのため、売主(売主の依頼した専門家)においては、買主側の要請が真にDDのために必要なものであるかを検証したり、事前に要請事項を整理するなどして、対象会社にとって業務に支障が生じるような過度な負担とならないように、工夫する必要があります。このような工夫を凝らすことが、会社売却を円滑かつ有利に進めるために望まれるところです。
買主がDDを実施した場合、買主は、DDによって判明したリスクを指摘し、そうしたリスクを買収価額に反映させようとする(買収価額を下げようとする)ことがあります。売主としては、買主が指摘するリスクの内容を正しく把握し、不当に買収価額が下げられることのないよう、粘り強く交渉を行うことが肝要です。
このように買主側(買主が依頼した専門家)から様々な要請や対象会社が有するリスクの指摘が行われることになりますので、売主としては、買主側の要請や指摘事項を、そのまま受け入れることのないよう、売主も専門家に依頼して対応する必要があります。そして、そのことが、売主の利益を最大化する上で極めて重要です。
⑦最終契約書の締結
買主によるDDが完了すると、なるべく間を置かずに最終契約書の締結に移ることが通例です。
最終契約書は、それまでの当事者間の交渉内容やDDの結果を踏まえて、会社売却(会社の買収)についての最終的な当事者の合意内容を定めるものであり、会社売却の仕上げにあたる極めて重要な契約文書です。
最終契約書は、会社の売却(売主の保有する株式を譲渡する株式譲渡の方式が最も一般的な方式です。)という重大な事項に関する契約書ですので、その条項は多岐にわたり、かつ、複雑な内容を含み、その分量も長大になることが少なくありません。
言うまでもなく、最終契約書は、会社売却における最も重要な法律文書の一つであり、後に当事者間で争いが生じた場合に、双方の主張の成否に関わる重要な書類ですので、その締結にあたっては細心の注意を払う必要があります。
複雑かつ長大な契約書の内容の妥当性を検証するには、非常に高度な専門知識を必要とします。したがって、その際には、専門性の高い弁護士に依頼することが極めて重要です。
最終契約書には、売主の様々な義務を定める条項や、将来にわたって売主を非常に不安定な地位に置く内容の条項など、売主にとって不利な内容の条項が盛り込まれることが少なくありません。
そのため、そうした売主にとって不利な条項の内容や問題点(あるいは売主にとって必 要な条項の欠落)を正しく理解し、必要に応じて買主に対して修正を求めていくなど細心の注意を払い粘り強く交渉をしていく必要があります。
なお、買主側にはそのような売主にとって不利な条項を入れることを希望する背景事情があるのが通常であるため、売主としても、不利な内容だからといってむやみに拒否すればよいというものではありません。その観点も重視し、当該条項の内容と当該事案の個別事情を正しく理解し、双方が妥協しうる適切な条項案を粘り強く模索していく必要があり、そのことが会社売却を成功させる上で極めて重要です。
⑧クロージング
会社売却におけるクロージングとは、売主が買主に対して目的物の引き渡しを行い、買主が売主に対して代金の支払いを行う手続をいいます。
多くの場合は、株式譲渡の方法がとられますので、売主が買主に対して、対象会社の株式の譲渡を行い、買主が売主に対して代金を支払うことになります。
クロージングは、最終契約書の締結と同時に行われる場合もありますが、多くの場合、最終契約書の締結から一定の期間を置いてクロージング日を設定します。
最終契約書の締結からクロージング日までに一定期間が設けるケースでは、当事者双方が、クロージング日までに実現しておくべき事項を最終契約書によって定めておくのが一般的です。
売主は、契約違反を問われることのないよう、クロージング日までに最終契約書によって定められている売主の義務を履行できるよう、売主の義務の内容を正しく把握し、計画的に進めていくことが極めて重要です。
売主側に立った専門家の重要性
①~⑧で説明したとおり、会社売却においては、買主候補が会社買収に向けて検討を進めるのに対し、売主は、買主からの条件提示や情報開示の要請に対して適切に対応していくという、ある意味では受動的な関与が中心となります。
しかし、会社売却の各場面において、売主は自己の利益が損なわれることのないよう細心の注意を払って対応する必要があります。買主の要請のままに、あるいは、買主の提案する条件をそのまま受け入れて、会社売却を進めることは得策ではありません。
また、買主はデューデリジェンスを実施することもあって、様々な専門家を使うことが多く、通常は、買主と一般の個人である売主との間には、専門的知識に関する大きな格差があることが通常です。
したがって、その専門的知識の格差に対抗するため、売主においても、売主側の専門家(弁護士や公認会計士、税理士)を自分の目で選び委託することが、会社売却にあたって売主の利益を最大化する一番の近道といえます。
なお、会社売却に際し、M&Aの仲介会社などが関与することも少なくありませんが、 M&Aの仲介会社は、会社売却に関して専門的知識を有するものの、多くの場合、会社の売買そのものの成立に向けて行動する側面が強く、売主の利益の最大化を目的として行動する売主側の専門家とは、その性質や行動原理が異なることに注意する必要があります。
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