1 問題点の把握
2 会社売却に並行し、あるいは先立って行うべき相続手続(遺産分割や遺言執行)
3 相続税の申告、納税
4 会社資料の収集と、企業調査への対応
5 相続開始前や相続開始直後からの専門家の関与の重要性
第2の1に述べた「会社オーナーの相続開始によって相続人が直面する問題」に記載のとおり、会社オーナーの相続は、残された相続人にとって、複雑で困難な問題ももたらすことが往々にあります。しかし、第2の2に述べた「会社オーナーの相続開始によって生じる問題の解決策としての会社売却・事業売却」に記載のとおり、相続税申告期限を遵守し、適切な納税計画を作成、さまざまな課題に迅速に対応することで、会社売却を進めることが可能となり、相続人の問題を解決することが可能となるのです。ただしそこには、相続発生後特有の論点があるため、各論点を把握し、一つ一つ解消していく必要があります。
1 問題点の把握
(1)被相続人の保有していた財産全体の内容(債務も含む)を把握して、相続税評価額を算出し、負担する債務の金額や支払う相続税の概算額を早期に把握する必要があります。
被相続人が会社オーナーの場合、相続財産のうち会社株式の占める割合が大きく、金融資産と株式価値とのバランスが悪いケースも少なくありません。そのため、一般的な相続案件に比較して、納税資金が不足する恐れが高くなるため、注意が必要です。
なお、会社への貸付金や会社からの借入金があったり、会社が使用している不動産を個人または資産管理会社で保有しているケースも多いため、会社との取引は特に注意して確認する必要があります。財産額を把握していく中で、多額の債務が発覚した場合には、相続人は被相続人死亡後3カ月までに相続放棄をするか否かを検討しなければなりません。
会社株式は、相続税評価額と時価評価額が大きく異なることも多いため、どちらも把握するべきであり注意が必要です。
(2)相続税は被相続人の死亡後10か月以内に申告、納税する必要があります。そのため、相続税の概算を把握したあとは、納税方法を検討しなければなりません。
被相続人が会社オーナーの場合、相続した金融資産(生命保険や退職金等のみなし相続財産も含む)や相続人固有の金融資産では相続税を支払えないケースが多いため、株式や不動産等の売却により支払うことができるのかを、譲渡所得税等の相続税以外の税金も加味して検討する必要があります。
株式や不動産を売却することで納税資金を賄えると想定した場合でも、株式や不動産はすぐに売却をすることが難しいケースが多いため、売却完了までのスケジュールを正確に把握する必要があります。
(3)被相続人が亡くなった場合、株式を含めた相続財産が誰に帰属するのかを確定する必要があります。遺言書がある場合には遺言書に従い、遺言書がない場合には相続人全員で遺産分割協議を成立させなければなりません。
被相続人が会社オーナーの場合、遺産分割協議がまとまらないと、株式の所有者が決まらず会社売却が進められないため、注意が必要です。また、未分割状態では事業承継税制等の特例を使うことができず、申告期限での納税が多額となってしまうおそれもあります。
2 会社売却に並行し、あるいは先立って行うべき相続手続(遺産分割や遺言執行)
会社売却を進めるためには、株式の帰属が決まらなければなりません。そのため、会社売却の作業に並行してあるいは先立って株式の名義変更手続を進める必要があります。しかし、株式が相続財産の多くを占めている場合、相続人が複数いる場合、会社に関与している相続人とそうでない相続人がいる場合等、遺産分割協議が円滑に進まないケースは少なくありません。
遺産分割協議や遺言書により相続による株式の帰属が決まれば、相続手続自体は難しいものではなく、遺産分割協議書または遺言書に基づき、相続人が株主名簿書換え請求を実施し、会社は株主名簿を変更します。
3 相続税の申告、納税
相続税は、被相続人の死亡後10か月以内に申告と納税を実施しなければなりません。相続税の納税を検討する場合には、納税スキームとスケジュールを検討する必要があります。
ア 納税スキームの検討
相続税額を把握しつつ、どのように納税資金を確保するかのスキームを検討しなければなりません。実務的には、株式の売却も含め、借入、延納・物納等の様々なスキームを検討する必要があります。また、金融機関によっても貸付可能な金額や期間、スキームも様々であるため、金融機関の提案を鵜呑みにせず、慎重に決定しなければなりません。
下記のように、返済原資、スケジュールを含めた実行可能性、会社の継続性、従業員の雇用の問題等を、幅広く検討する必要があります。
(オ)株式を会社へ売却する場合:会社での購入資金の調達方法・返済原資・スケジュール、会社の運転資金は維持できているか、譲渡所得税や法人税も含めた合計税額を検討
イ スケジュールの検討
会社売却を実施する場合、準備開始から完了まで通常1~3年はかかります。しかし、相続開始後に会社売却を実施する場合、被相続人死亡後10か月以内に納税まで実施する必要があるため、タイムスケジュールは非常にタイトになってきます。会社売却で実施する事項を正確に把握し、納税時期を意識しつつ買主候補には検討する期間を短くするようにプレッシャーをかけながら、売却手続を円滑に進める必要が出てきます。
ただし、早期の売却を進めることで足元を見られ売買金額が下がってしまうことを避けるためにも、延納やつなぎ融資などのオプションを持ちつつ、売主側が主導権を持った会社売却を進めなければなりません。
そのため、上記のような納税スキームの検討と並行して、時間のかかる株式の全部・一部売却には早急に着手しなければならないケースが多くあります。結果的に、会社売却以外の方法を選択することになる場合でも、株式を外部へ売却する場合の売買見込み金額を正確に把握するためにも、時間のかかるスキームは早めに着手する必要があるのです。なおその際は、下記の点に注意しなければなりません。
(ア)業界で売却が噂にならないように、買主候補をどこまで広げるか
(イ)金融機関に売却を検討していることを伝えるか否か、伝える場合その時期。
情報が拡散したり、これからの借入条件にも影響するため、注意が必要です。
会社株式の売却は水面下で検討しつつ、銀行借入による納税や会社を利用したスキームについても一つずつ検討し、延納も含めた納税スケジュールを作成する必要があります。
4 会社資料の収集と、企業調査への対応
相続人は、オーナー自身と異なり、把握している会社情報が乏しく、会社の従業員に容易にアクセスできないケースも少なくありません。会社売却を進めるにつれ、必要な会社資料の範囲は増えていきます。特に企業調査(DD等)が行われる段階になると、準備期間が短いなかで、財務・法務・労務等に関する証憑書類や各種契約書等の多数の資料を提出しなければならず、また会計帳簿の正確性や増減理由等に関する回答も必要となってきます。
経営に全く関与していなかった相続人にとって、必要な資料の保管場所が判らないこともあり、会社関係者に会社売却を進めていくことを知られないようにしながら資料収集を進めていくことは非常に困難ですが、最大限に努力をして進めていかなければなりません。また、決算の増減理由や今後の方針等、相続人では回答できない質問も多いため、一部の役員や、経営に関与している顧問税理士に協力してもらいつつ、外部のM&A専門の業者への依頼が必要となります。
5 相続開始前や相続開始直後からの専門家の関与の重要性
実際に会社売却・事業売却を進めていくにあたっては、先に述べたとおり検討すべき事項は多岐にわたります。会社や業界のことは会社オーナーが一番よく理解していると思われますが、会社売却・事業売却に際しては、企業価値の適正な評価、適正な買主候補者の探索、各スキームにおける法律上、税務上の課題の検証、買主候補者から要求される膨大な資料、情報の整理、デューデリジェンス対応、契約条件の交渉、契約書の検証、各スキームにおいて求められる法的手続の履践など、様々な対応が求められ、客観的、多角的な視野を持たないと思わぬ落とし穴に陥る危険があります。
また、会社売却・事業売却は、事柄の性質上、秘匿性が強く求められ、会社オーナーが会社の社員に全てを任せることは、困難であることが通常です。したがって、会社売却・事業売却の検討の当初から実行が完了する最後まで、経験が豊富で信頼できる、守秘義務を負った法律・税務の専門家が関与して進めていくことが極めて重要となります。
このように、会社の実情をよく把握している会社オーナー自身が会社売却・事業売却を実行していく場合であっても、専門家の関与は重要ですが、会社オーナーに相続が開始した後に実行していく場合には、さらに決定的に重要となります。相続人が会社の実情を全く把握していない場合が多く、また、相続税申告期限までのタイムスケジュールがタイトであることからも、相続開始直後から法律・税務の専門家が関与して、相続財産の把握、相続税額の把握、承継方針の検討、納税方法の検討、相続人間の遺産分割協議を含め、様々な課題を迅速かつ効率的に解決していくことが、決定的に重要となるからです。
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