1 会社オーナーの相続開始によって相続人が直面する問題
2 会社オーナーの相続開始によって生じる問題の解決策としての会社売却・事業売却
1 会社オーナーの相続開始によって相続人が直面する問題
会社オーナーの相続は、残された相続人にとって予想以上に複雑で困難な問題をもたらすことがあります。
主要な問題は、多額の相続税負担と納税資金に関する問題ですが、それだけでなく、複数の相続人が存在する場合の相続人間の遺産分割の問題があります。しかも、相続人は相続税の申告・納税期限(相続開始から10か月後)内に解決しなければなりません。これらの問題を予め予想して解決策を立てておく「相続対策」が必要になる所以です。以下、格別に論じます。
(1)相続対策の準備不足
相続対策を講じる前に会社オーナーが急逝するなどのケースでは、上記の問題が一気に顕在化します。
オーナーや相続人が相続対策を中々講じない背景には以下のような要因が存在します。
- 日々の経営に追われ、相続対策が後回しとなる
- 自身の死や引退を具体的に想像することへの心理的抵抗
- 相続や事業承継に係る問題の重大さや対策の必要性に関する認識不足、楽観主義
- 検討を始めてはいたものの、予期せぬ疾病や事故による突然の逝去
これらの要因は複合的に作用することが多く、結果として十分な対策が取られないまま相続を迎えてしまうことになります。
(2)高額な相続税負担
会社オーナーの相続においては、自社株の評価額が高額となることが多く、日本の相続税の最高税率が55%に達することを考慮すると、相続人にとって極めて大きな税負担が課せられることとなります。会社オーナーの相続税は、ときに億単位になります。
節税についての期待もあろうかと思われますが、相続開始後にできる決定的な節税策は残念ながらほとんどありません。
そして、相続税は現金での一括納付が原則となりますので、会社オーナーの遺産の大部分が非流動資産(非上場株式や事業用不動産など)である場合、納税のための現金確保に困難を来す事態が往々にして生じます。事業で得た資金は再投資や借入金の返済に回ってしまい、相続に備えた余剰資金として十分な額がプールされていることは多くありません。
また、相続税は会社でなくあくまでも相続人個人が納めるものですから、納税資金が不足する場合、相続人個人としての資金調達が求められます。創業家の一員であるといえども、多額の納税のための借入は容易ではありませんし、それを返済していくこともまた相当の困難が伴います。個人としての返済原資を増やすために役員報酬の増額等で所得を増やした場合には、所得税及び住民税負担(最高税率55%)も増えるといった別の問題が発生するためです。仮にそれらのハードルを乗り越えて資金調達したとしても、多額の返済という重圧を背負いながら事業の継続を図らねばならないという厳しい現実が待ち受けています。
現金での一括納付以外に税制上認められている相続税の納税方法としては、延納と物納が存在します。ただしいずれの納税方法においても、非上場株式を延納担保財産や物納対象財産とするためには、税務署による厳格な審査があり、納税方法として許可されるかどうかの不確実性は高いものとなります。そのため、延納や物納の実現可能性を見極めた上で、納税計画を慎重に立案すること必要不可欠となります。
更に、相続税申告及び納税期限が相続開始から10か月以内となっていることが、会社オーナーの相続をより難しくさせます。事業活動を止めることなく正常に継続稼働させるだけでも大変な労力を要するところ、それと並行してこの限られた短期間において税務上の手続をも完遂しなければなりません。仮に申告や納税が遅れれば、無申告加算税や延滞税等のペナルティが課せられてしまいますが、税額が大きいだけに、それらのペナルティも多額に上ることとなります。
したがって、相続開始後の諸問題の中でも相続税に関する問題は優先順位の高い最重要課題として解決すべき問題であり、できる限り早期に検討すべきものです。
(3)遺産分割協議
会社オーナーの相続においては、相続人間の遺産分割協議も難関の一つです。
会社の存続と発展に重きを置きつつも、下記の課題をクリアしながら個々の相続人の利害を適切に調整しなければなりませんので、話し合いは容易ではありません。
ア 経営権の確保
後継者が決まっている場合、経営権を確保するために株式を集中させたい後継者と、公平な分配を望む他の相続人との間で対立が生じやすくなります。株式の分散は経営の不安定化に繋がる可能性があり、会社の存続にも多大な影響を及ぼす恐れがあります。
イ 後継者以外の相続人への配慮
経営に携わらない相続人の利益をどう確保するかが問題となります。
後継者に自社株を集中させつつ、他の相続人にも公平な相続を実現することは容易ではありません。自社株以外の非事業性資産(自宅等の不動産、預金など)を配分するだけでは済まないことも多く、自社株の代わりとなる現金(代償金といいます)を後継者が他の相続人に支払う場合、その資金調達方法が新たな問題として浮上します。前述の相続税納税と同様、後継者個人が現金を調達する必要が生じますので、後継者個人の所得税負担や、返済面での困難をもたらす可能性が高くなります。
ウ 自社株の評価額
会社オーナーの遺産のうち自社株がその大半を占める場合、自社株の評価額そのものについて相続人間で合意に至らないケースが少なくありません。後継者としては代償金の支払額を最小限に抑えるため、自社株の評価は低く主張し、他の相続人は最大限の評価を求めるのが常です。
非上場株式の株価については画一的な評価方法が存在せず、評価方法の選択や前提条件によって評価額が大きく上下する可能性があり、これが遺産分割協議の難航を招く一因となります。
そして、遺産分割協議が上手く進まない場合、ここでもやはり納税の問題が立ちはだかります。
遺産分割協議が相続税の申告期限である10か月以内にまとまらなければ、相続人は法定相続分に基づいて相続税を申告・納付しなければなりません。このとき、相続税を大幅に軽減することが可能となる配偶者控除や小規模宅地等の特例といった特例は適用できず、最大の税額を納税する事態に陥りますので、注意が必要です(所定の手続を踏むことにより、遺産分割確定後に還付請求することは可能です)。
(4)時間的制約
これまで繰り返し述べるとおり、相続税申告及び納税の期限は相続開始から10か月以内となります。
この短期間において、相続人は以下のような多岐にわたる課題に対して迅速かつ的確に対処することが求められます。
ア 会社の事業継続上の課題
- 新たな代表取締役の選任、登記
- 資金繰りの確認、運転資金の確保
- 従業員、取引先、金融機関への説明
- 会社オーナー自らが行っていた日常業務の確認、後任の割り振り
イ 相続手続の開始
- 税理士、弁護士など、必要な専門家の速やかな選定
- 必要書類の収集と整理
- 戸籍調査による相続人の特定
- 相続財産や負債、保証債務、抵当権等の洗い出し
ウ 納税資金の確保
- 現預金、生命保険の確認、払い戻し
- 資産売却や借入の検討
- 延納、物納の適用可能性の検討
エ 遺産分割協議
- 相続人間での話し合い
- 協議が難航する場合、弁護士の介入や家庭裁判所での調停の申立て
オ 相続税申告、納税
このように、会社オーナーの遺産相続は、やるべきことが山積みしていますので、限られた時間の中で対処していくためには、①最も重要かつ緊急性の高い課題を明らかにした上で優先順位を明確にし、②10か月以内の申告・納税期限から逆算したスケジュールを立て、それを着実に進めることが必要になります。
2 会社オーナーの相続開始によって生じる問題の解決策としての会社売却・事業売却
(1)相続税の納税資金確保の手段として会社売却ないし事業売却は有用な手段です。
会社オーナーに相続が発生した場合、相続人に多額の相続税納税が課されることがあります。その場合、納税方法としては相続預金からの納税のほか、銀行借入、会社借入、自社株の会社への譲渡などが考えられますが、相続税納税額がこれらをはるかに上回ることもあり、またこれらの納税方法には解決しなければならない課題が多々あります。
例えば、下記の納税方法におけるそれぞれの課題は次のとおりです。
- 相続預金・・・相続預金だけでは納税に満たない場合、不足分をどう手当てするか。
- 銀行借入・・・銀行との折衝、銀行担保、利息、毎年の返済資金の確保など
- 会社借入・・・会社の資金繰りへの影響、会社への返済資金の捻出など
- 自社株の会社への譲渡・・・会社側の買取資金の確保と買取による会社の財務内容の悪化、自社株買取の限度の問題(配当可能利益の範囲)、みなし配当課税の問題(相続後3年以内の自社株譲渡については特例あり)など
なお、金銭一括納税が困難な部分に関しては延納や物納といった選択肢もありますが、これらは担保提供や物納不適格財産に該当しないことなど、要件が非常に厳しく定められております。
そこで、多額の納税に有用な手段として会社売却・事業売却という手段があります。
(2)相続税申告期限は10か月であり、それに間に合わせるためには様々な課題に対する適切かつ迅速な対応が必要です。
相続税申告納付期限は相続開始があったことを知った日から10か月です。先ずは、この期間内に遺言書(遺言書が無い場合には遺産分割協議)に従い各相続人の納税額を確定することが重要です。遺産分割協議の完了を待ってから納税方法を検討するのでは間に合いませんので相続開始後直ちに相続税額概算の算定に着手し、納税方針を確定する必要があります。そのためには、相続開始後可及的速やかに、
- 相続財産(特に自社株)の相続税評価の算定と相続税額概算の算定
- 相続税納税の可否の検討
- 事業承継に対する相続人の意向確認
- 他の相続人との間での分割協議の調整(弁護士が交渉する局面もあります。)
- 納税方法の検討など
を同時並行で進めなければなりません。
(3)相続税申告期限に間に合わない場合でも、会社売却に向けた流れができていれば、物納や延納などの併用を検討することで、解決を目指すことができます。
納税方法の検討の結果、方法の一環として会社売却を決定された場合には、速やかに買取候補者との売却交渉を始めなければなりません。
交渉が難航したり、あるいは難航せずとも交渉がスケジュールどおりに進まず納税が申告期限に間に合わないという事態に陥ることもあります。その場合は、会社売却交渉と並行して延納や物納の申請準備も行い、滞納処分されないよう不測の事態に備える必要があります。延納や物納の準備ができていれば、会社売却交渉に強気で挑むことが出来ます。また、後にも触れますが、売却交渉においての中に株式売却代金の一部を申告期限までに受領できるようにしておくことを条件に入れ、前受金を納税に充てるという方策をとることもできます。
(4)相続税の申告、納税を適切に実行しつつ、会社を適切に売却できれば潤沢な金融資産(納税後の手取額として十分な金融資産)を獲得することができます。
会社売却を実行して適切に相続税の申告納税をした場合には、相続税の納税後に潤沢な資金を獲得することが可能となります。会社売却により株式の譲渡所得に対して所得税・住民税(現行では譲渡所得に対して20.315%の税率)も課されますが、相続開始後3年以内の譲渡であれば相続税の取得費加算の特例を適用することができ、更に有利に納税後の売却資金を確保することも可能です。
(5)会社売却は、会社のよりよい発展に資するものであり、相続人にとって会社売却は、回避すべき手段ではありません。
会社売却は、ともすると金銭目的で会社を手放すという、後ろめたい手段ではないかという『後ろ向き』のイメージが付くという方もおられますが、決してそうではありません。会社売却は会社の維持存続や発展のための手段です。無論、買取先の会社の選定は会社をはじめオーナー一族や従業員にとっては重要事項であり、選定は慎重に行う必要がありますが、そのためには買い手候補者に関する豊富な情報を入手する必要があります。
(6)様々な課題に対し適切に対応し、正しく会社価値を実現するには、相続開始直前直後からの弁護士、税理士、会計士の関与が不可欠です。
会社売却には先述した多くの様々な課題があります。これらの課題を一定の期間内に一気に解決する必要があります。それには、豊富なM&A実績と買い手に関する情報を有する法律税務の専門家である弁護士、会計士、税理士を構成員とするトータルファームが相続開始直後から関与することが不可欠です。
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